後藤和智事務所OffLine サークルブログ

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【寄稿】『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』書評(評:嘉島安次郎)

 【ブログ主から】

 この書評は、2017年6月に、同人サークル「幻想郷交通公社」代表・嘉島安次郎氏(@TAG_shiyo)が行ったツイートをご本人が編集したものを、ご本人の許可を得て転載しております。

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嘉島安次郎 書評 北田暁大栗原裕一郎後藤和智『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』2017,イースト・プレスイースト新書】

 

 本書は、本邦の「論壇」「批評」といったものを、バックグラウンドの異なる前掲三者の鼎談によって概観を示そうというものである。概説として1990年以降の約30年間にどのような形で社会批評が変遷を遂げたか、こと「若者論」のようにある一部分を以て社会を語る行為に重きが置かれていると読めた。本書は例えば若者論のバッシングから擁護への変遷、その発言者の変容、或いは経済学への素養、そして「若者論」の対象から外されてしまったものたち、本書では「ロスジェネ」とされる層、またその層に対する過去のバッシングを行ったものの態度、過去の言説が現在どのように連続しているかというものを見るという点では勉強になるものであった。

 尤も鼎談の書き起こしであるゆえ注釈は入れられているものの、内容が多岐に亘ることから各言説や人物の連続性や関係性は、特にこのような批評言説に普段馴染みのない人間にとっては相関図や年譜等の補助の必要を感じ、また後述するところではあるが、「左派」「リベラル」等の語の定義においては厳密性を欠くきらいがあるのは否めない。また、著名において「史」を名乗るにあたっては史資料の提示や解釈において十分といえるかというところがあり、本書の内容であれば例えば『日本の論壇を振り返る 世代の異なる三者鼎談より』というように主観性の強いところをある程度掲示する必要があったのではないかとも考える。

 ここからは嘉島の経験に即した本書の感想を述べたい。本書の帯で「日本の左派は【経済】の話ができない」という文言が入っているのだが、嘉島自身は旧帝法学部に在籍しマルクス経済学者が中心となって立ち上げた運輸系学会に軸足を置き、或いは労組出身で民主党(当時)所属の福岡市議会議員の勉強会に顔を出すなど、客観的に言って「左派」と呼ばれることに異存はない来歴を持つ。ところが、本書で揚げられている経済より文化思想を至上とする「左派」とも、ネット上で見かけられる「サヨク」「リベラル」なる存在とも、少なくとも自身では属を一にさせることはできない。このことが、本書で触れられている「左派」並びに「社会批評」のある特徴を表しているのではないかと考える。また「左派」「リベラル」なる概念が相当に曖昧な定義のまま、最悪の場合「反体制」どころか「自身の感情を害するもの」といった程度で使用されているという例すらある(本書においては後藤氏が述べられている)ことは、現状の日本社会において決して良いとはいえないことであり、何を以て「左派」「リベラル」とするかというところの再定義は急務である。

 話を戻すと、自分が「左派」として携わっていたのは運輸の低密度線区存続・利用促進支援という「中間共同体レベルでの改良」であり、本書では政治団体としてはともかく、実際の社会改良運動の団体として言及されるものは極小である部分においてであった。ここ批評言説の大きな流れの特徴があるのではないかと考える。つまり、批評言説の対象が「個人」と「国家(包括的な上位構造)」を主に対象としてしまい、その中間の身近なところへの関心を、特に改良の手段として重きを置かなかったのではないか、という印象を持った。左派よりの人脈の地方活性化の現場には、ほとんど同著に挙げられる批評言説が流れてこなかったというのを10年ほど前に記憶していて、地道な社会改良の現場とこういった言論空間との断絶というのは同書でも指摘されていたが少なからずあるというのは私感である。同書内に「現状文化左派の芸術系の文脈では『反アベ』が標準」なる記述があったが、同じく「左派」でも自分が属している運輸系は安倍政権に対しては個別に是々非々で、それ以上に下野前の運輸規制緩和に対する批判が強い特徴があるなど、そういった面でも断絶を感じる。

 以上は嘉島の個人的な体験からの感想ではあるが、嘉島が「左派」であることを鑑みて、中立的な事例との関連というものを少し触れておきたい。NPO法人「YouthCreate」の取り組みである。同団体は、代表原田が大学在学中に国会議員と学生の交流の機会を設けたいという意志より学生団体「ivote」を結成し、政治と学生の架け橋としての諸活動を行っていたものが、原田の卒業により新たにNPO法人という形で、学生と政治の接点を作る活動を目的とする団体である。各地の学校に赴き政治参画について必要な資質を啓発する出前授業を積極的に取り組んでおり、また選挙権の18歳引き下げに向けての参考人招致・教材作成に携わるなどの活動を行ってきた。さて、批評言説というものは、こういった取り組みをどのように捉えてきたであろうか。イデオロギーにとらわれることなく、また一足飛びに多勢ではない身近なところから社会改良に向けての合意形成を試みる取り組みをどのように評価してきたであろうか。

 総括すると、これらの疑問より、本書の主題である批評言説の対象が、「個人」と「国家(包括的な上位構造)」を主に対象としてしまい、その中間の身近なところへの関心を、特に改良の手段として重きを置かなかったのではないか、という印象を持った。本書においてもロスジェネの救済策として国家レベル財政出動等での救済案はでてきても、相互扶助のための中間共同体を新たに興そうというものを並立させようという話になっていないのは、門外漢としては批評言説というもののウイークポイントに見えた。

 このように、本書は「何が語られてきたか」と同時に「何が語られてこなかったか」を考える提言としての機能も併せ持つと考える。今回の鼎談の三名の今後の活躍を祈念して書評を終わりたい。
 
 2017年7月5日 同人サークル 幻想郷交通公社 代表 嘉島安次郎
 
 参考
 NPO法人「YouthCreate」 http://youth-create.jp/