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後藤和智事務所OffLine サークルブログ

同人サークル「後藤和智事務所OffLine」のサークル情報に関するブログです。旧ブログはこちら。> http://ameblo.jp/kazutomogoto/

【名華祭11サークルペーパー】『宮台真司interviews』分析【テキストマイニング】

名華祭は3回目の出展となります、後藤和智です。そして「幻想郷フォーラム」第4回開催おめでとうございます。私は第2回(2015年)を除いて毎回出展していますが、2014年の初開催時は、出展申し込みをしつつも東方の「情報・評論」オンリーなんて誰が来るのかと正直思っていましたが、蓋を開けてみれば大盛況という。そして2015年には残念ながら出展できませんましたが、2016年に出展したときには口頭発表部門も追加されて、盛り上がりも増しているという……。まだまだ東方の同人には可能性があると感じました。
さて今回のサークルペーパーは、東方とは関係ないのですが、宮台真司に1994年~2004年に行われたインタビューをまとめた本『宮台真司interviews』の分析を行いたいと思います。私は(それこそ今回の新刊がそうであるように)テキストマイニングにはまっているのですが、テキストマイニングを用いて現代の言論、評論のあり方を明らかにすることを続けていこうと思っているので、今後とも末永いお付き合いをよろしくお願いいたします――というのはさておき、早速分析に入っていきたいと思います(解析に使ったのはカスタマイズしていないMeCabに、「酒鬼薔薇聖斗」「酒鬼薔薇」を強制抽出単語としてKH Coder側で登録)。
宮台真司interviews』には合計64本のインタビューや、他のライターによる聞き書きが収録されていますが(表1)、特に多いのは1998年のものです。1998年というのは、宮台が「脱社会的存在」という概念を言い出す頃のものであり、相次いで報道されていた「理解できない」少年犯罪(実際には統計上では少年による凶悪犯罪は減少傾向にあるか、または増加していても検挙方針の転換で増加しているように見えているだけ)に対する対応・解説に追われていたということが考えられます。もう一つは、宮台自身が主張する転向です。詳しくは宮台の『この世からきれいに消えたい。』(藤井誠二との共著、朝日文庫)を読んで欲しいのですが、1999年か2000年に、宮台の熱心な読者が宮台の言説を真に受けて自殺して、それを契機に宮台が「世直しモード」から「サブカルチャーモード」に言説を転換させたと言われております(というか、宮台が言っています)。

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そのような変化は見られるのでしょうか。ここではクラスター分析と対応分析を用いて見ていきます。クラスター分析を用いて5つのクラスターに分けたところ、1998年まではクラスター1の文章が見られますが、1999年以降はクラスター1がなく、代わりにクラスター4の文章が見られるようになりました。それではそれらのクラスターの中身はなんなのかというと、クラスター1は対応分析で第1,3主成分が負で、第2主成分が正に振れていました。他方、クラスター4は、第2,3主成分が負に振れています。単語の得点を見ると、特に違いが見られた第2主成分においては、正の方向は子育てや酒鬼薔薇聖斗事件、正の方向には政治や運動と名付けることができそうです。

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さらに年カテゴリごとの変化を見ると、1990年代と2000年代で大きく異なっているのは第1主成分で、1990年代は負だったのが2000年代には正になっています。こちらの第1主成分は、メディア規制関係のほか、子育てに関するものが多いですが、正の方向には、「天皇」「大衆」「匂い」などといった宮台社会学で頻繁に使われる単語が多く見られます。

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こう見ると、宮台の言う「世直しモードからサブカルチャーモードへ」という変化とは真逆のものが見えます。実際の宮台の言説は、少なくとも『宮台真司interviews』に収録されているインタビューや聞き書きを分析する限りにおいては、当初は少年犯罪などに対する具体的なものだったのが、「原天皇制」や社会のあり方といった、むしろ抽象的なものに向かっていくという様が見られます。これは私が『間違いだらけの論客選び』という同人誌で指摘した、セラピー的な言説の傾向を、切り離すと言うよりはむしろ獲得していったということです。
また、頻出する単語上位122個(出現数77以上)を多次元尺度構成法によって6つのカテゴリーに分類し、それぞれの単語が使われている文の割合を集計したのが表7,8になります。集計からわかるのは、1990代はカテゴリー2,4の単語が多く、2000年代はカテゴリー3の単語が多いということです。教育やジェンダーに関する基本的な単語が並ぶカテゴリー2,4に対して、カテゴリー3は宮台的な「社会システム理論」において使われる単語になっています。

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このことから、宮台の言う1990年代から2000年代における言説の転換は事実ですが、それは「世直しからサブカルチャーへ」というよりは、より抽象的な、そしてより一般の社会科学からはかけ離れた方向への変化と言うことができるかと思います。まあそういう社会学こそがサブカルチャーであると言い切ってしまえばそれまでなのですが、これは自分の言説が理解できる層へのアプローチの変化であり、要するに自閉であり、そしてセラピー的側面の獲得でしかないわけで、社会「科学」とは真逆の方向に向かっており、これは非常の危うい変化であると言えます。
宮台は2014年の都知事選のときに過激な物言いで反原発左翼の支持を取り付けようとして失敗し、最近はネット上の反フェミニズム言説に過激な物言いで支持を取り付けようとしているように見えますが、いずれにせよ2005年の段階で既に自閉し、セラピー的になってしまった宮台に期待するのは危険です。幸い、社会学の方面では宮台社会学に対する見直しが進んでいるようですが、「批評」方面ではまだその影響力が衰えたとは言えない状況です。「批評」の側が早く宮台的なものから脱却しないと、「批評」が科学を志向することは不可能ではないかと思います。

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【仙台コミケ235のサークルペーパーになるはずだったもの】中原昌也ほか『嫌オタク流』分析【テキストマイニング】

kazugoto.hatenablog.com

 こちらの記事は、2017年2月26日に秋葉原で行われた、「秋葉原」をテーマにした同人誌の即売会「秋コレ」のサークルペーパーとして書いたものですが、このときに分析する候補として挙っていたのは、実際に分析した『リアルのゆくえ』(大塚英志東浩紀:著、講談社現代新書、2008年)のほか、中原昌也氏らの『嫌オタク流』(太田出版、2006年)もありました。この本は、オタクないしオタク文化を嫌悪するサイドとしての中原氏及び高橋ヨシキ氏が、オタク擁護(?)系のライターの海猫沢めろん氏(第1部)と更科修一郎氏(第2部)を迎えて、オタクの現状を分析、批判するというものです。

 ――と「分析、批判」と書きましたが、はっきり言って同書で繰り広げられているのはほとんど罵詈雑言であり、しかも当時流行していた本田透氏などによる無理のあるオタク擁護論(後にこの擁護論がいまの反フェミニズムの一端を担っているとも考えられるのですがその分析は別の機会に)で語られたオタク像をそのまま受けて批判しているという、読んでいて悲しくなるものでした。そしてそこで繰り広げられている内容の酷さに、分析する気をなくしてしまいました。そのため、同書の分析は当初3月12日に開催された「仙台コミケ235」のサークルペーパーになる予定でしたが、結局出すことはできませんでした。

 ただある程度分析を進めていたので、せっかくだからここで分析結果を公表してみようと思いました。当初の分析にはないような分析も行いました。その前に話者の設定ですが、同書はこのような対談形式で進行されます。第1部ならこんな感じです。

高橋 本当に萌えって敷居が低いの?
海猫沢 低いですよ。
高橋 でも、俺は入っていけない……。

海猫沢 敷居があるとしたら、パッと見の絵の問題ですね。
中原 僕はそこでダメですね。
海猫沢 萌えには理屈がないんですよ。絵を見た瞬間の生理的感覚で良し悪しを判断するから、それにノレない人はダメかもしれない。
高橋 でも、記号性みたいなものがすごく高い絵だから、そのコードが分からないと理解できないわけでしょ?

 ここから段落ごとに話者を設定するためには、KH Coderの強制抽出単語に、「中原 」「高橋 」「海猫沢 」「更科 」のように、名前の後に全角スペースを入れたものを設定して、そこから誰の話なのかを導き出すことができます。

 それでは分析に入ります。まず、全体の流れを把握するために、対応分析を行い単語と話者を布置します(使用した単語は、全体での占有率が20%になる、出現数6以上の512自立語。ただしOCRソフトの読み取りミスが修正されていないことなどによって実際とは若干異なる可能性がある。また、辞書はカスタマイズしていないMeCab)。

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 予備分析としてこの図を見ると、「嫌オタク」サイドの中原・高橋氏は概ね近い位置にいると考えられます。それでは全体の流れではどうなっているでしょうか。ここでは、小見出し(第1部:26個、第2部:22個)を基準に、各部を第1四分、第2四分、第3四分、第4四分に分けてみます。そして四分と単語を布置した結果がこのような感じになります。

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 全体として第1象限(単語の布置を見てみるに、東浩紀的な萌え文化解釈をベースに話を進めていると見られる)から縦軸負方向(岡田斗司夫に関する話?)に向かっている印象を受けます(ただ第2部第3四分については、ガンダムの話など脇道に逸れている)。ただ第2主成分までの累積寄与率が35%程度とあまり高くないので、もう少し下の主成分の流れも見てみることにします。第4主成分までにおける得点の推移と、単語の得点は次のようになっています。

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 第1主成分は、正方向が「萌え=ポルノ」という解釈、第2主成分やオタク文化そのものに関する軸と言うことができ、この主成分は全体としてマイナスの方向に向かっています。第2主成分は、正方向が恐らく東浩紀的な萌えの解釈に関するもの、負方向はオタク業界話みたいな感じになるでしょうか。この主成分は右往左往している感じです。第3主成分は正方向がゲーム関係になるでしょうか? 負方向はオタク文化にかんするものということになるでしょう。これも若干右往左往しています。そして第4主成分は正方向はサブカルチャー的なもの、負方向は感情に関する解釈ということになるでしょうか。こちらはほぼ一貫して正の方向に向かっています。

 ただ同書の分析で明らかにしたかったのは、話者4人(各部では3人ですが)の立ち位置の違いです。まず対応分析によって見てみます。四分と話者を対応分析によって布置した結果が次のものです。

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 とりあえず、第4主成分まではこんな感じに解釈することができるでしょうか?

 第1主成分:正…サブカルチャー 負:セクシュアリティ

 第2主成分:正…萌え文化批判? 負:話者自身の感情

 第3主成分:正…萌え文化のポルノ的解釈 負:話者自身の感情

 第4主成分:正…オタク文化 負:業界話

  それぞれの主成分の流れを折れ線グラフに表してみます。

第1主成分…

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第2主成分…

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第3主成分…

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第4主成分…

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 これを見ると、第1主成分は更科氏、第2主成分は海猫沢氏、第3主成分は高橋氏を他と分かつ主成分として見ることができそうです。こうして見ると、あるところでこの4者の立ち位置は違うと言うことになりそうです。ちなみに第4主成分は4者がほぼ重なっていますが、第8主成分までだいたいこんな感じでした。

 次に、単語の使われ方によって差が生じているかを見てみます。分析する単語は、出現数23以上の単語102単語で、これを多次元尺度構成法によってプロットし5つのカテゴリーに分けます。

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 これを元に次のようなコーディングを作成しました。

*カテゴリー1
オタク | 自分 | マンガ | アニメ | 映画 | 世界 | 話 | 好き | 嫌 | 笑 | 中原 | 日本 | 今 | 昔 | 思う | 言う | 分かる | 見る | 行く | 買う | 観る | 面白い | 多い | 全然 | する | ある | なる | いる | やる | できる | しれる | ない | そう | 人
*カテゴリー2
エロ | ポルノ | 時代 | 女の子 | キャラクター | 部分 | ヤンキー | 迫害 | ピュア | 全部 | 萌える | 出る | 違う | 読む | 殺す | 描く | いう | まあ | よく | もっと | 男 | 本
*カテゴリー3
人間 | モテ | 現実 | オナニー | セックス | 差別 | ダメ | 問題 | 考える | 書く | 本当に | つて | いい | すごい | どう | まったく | なんで | 女
*カテゴリー4
偏差 | 感じ | 社会 | エロゲー | 業界 | バカ | 趣味 | 普通 | 絶対 | 持つ | 出来る | 入る | あと | なぜ | 逆 | 国
*カテゴリー5
ガン | ダム | 文化 | 本当 | 興味 | 作品 | 一番 | 知る | 作る | 悪い | 良い | やっぱり | そんなに

  まず話者ごとの違いを見てみます。

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 これについては、違いが割とはっきりと現れたかと思います。海猫沢・更科氏はカテゴリー2,4の、中原・高橋氏はカテゴリー3の単語を多く使っている傾向にあります。これを見ると、中原・高橋氏の「嫌オタク」の理由は、主にセクシュアリティに関するところにあるのではないかと思われます。

 また四分ごとの使われ方の変遷も見てみましょう。

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 こちらではあまり特徴的な変化が現れなかった感じです。

 以上から、中原・高橋氏の「嫌オタク流」とは、主にセクシュアリティ方面の違和感とみなしていいかと思います。しかし読んでいて感じたのは、中原・高橋氏も海猫沢・更科氏も、東浩紀本田透などのオタク論をベースにオタクを物語っており、その正しさについては検証されないまま所与のものとして扱われている点です。どちらにしてもその立論の証拠は乏しく、無理のある分析、擁護によって歪められている感じです。とはいえこの2者のオタク論は、当時(それこそ「はてな」みたいな)オタク論壇でもてはやされていた経緯があるので、悩ましく感じてしまいます。

 

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【名華祭11/幻想郷フォーラム2017新刊】東方人気投票コメント統計――計量テキスト分析で見る「愛され方」の研究

【書誌データ】
 書名:東方人気投票コメント統計――計量テキスト分析で見る「愛され方」の研究
 発行日:2017(平成29)年4月2日(第11回東方名華祭/幻想郷フォーラム2017)
 著者:後藤和智後藤和智事務所OffLine http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
 表紙:にむ(むにむそう http://munimusou.web.fc2.com/
 サイズ:A5
 ページ数:56ページ
 価格:即売会…800円/書店委託…1,000円(税抜)
 通販取扱:メロンブックス https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=211328
   とらのあな http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/51/98/040030519871.html
 国立国会図書館登録情報:納本予定
 サンプル:

www.pixiv.net


 電子書籍メロンブックスDL
 備考:本書は同人サークル「上海アリス幻樂団」の作品「東方Project」シリーズの二次創作作品となります。そのためコミティアなどの二次創作作品の頒布が禁止されている即売会では頒布いたしません。
 登場人物:霧雨魔理沙アリス・マーガトロイドパチュリー・ノーレッジ稗田阿求、本居小鈴

 

【目次】
はじめに
第1章 分析手法
第2章 関連語検索によるキャラクターごとの傾向
 2.1 はじめに
 2.2 関連語検索を用いた各登場人物の傾向の検討
  2.2.1 1~25位
  2.2.2 26~50位
  2.2.3 51~75位
  2.2.4 76~100位
 2.3 登場人物のクラスタリングと対応分析
第3章 単語から見た傾向
 3.1 はじめに
 3.2 多次元尺度構成法による上位110単語の分類
 3.3 コーディングを用いた単語の集計
あとがき

 

 

【テキストマイニング】衆院選に出馬するらしいので長谷川豊のブログを分析する

www.huffingtonpost.jp

 

 いくつかのメディアが2月6日頃に伝えたように、フリーアナウンサーの長谷川豊が、次の衆院選に出馬することを表明しました。長谷川は、2016年9月に「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」という記事を書いてたくさんの批判に遭い(この批判は正当なものです)、それが問題になってたくさんの仕事を降ろされました。

 先に挙げたハフィントンポストの記事によると、長谷川は「『自業自得』の線引きをするのが政治だ」ということを言っておりますが、どこからどこまでが「自業自得」かというのは確率的なもの、さらに医療関係においては遺伝的なものを含むため曖昧であり(極論すれば、例えば先天的疾患である1型糖尿病を患っている、阪神タイガース岩田稔に対して「そういう家系に生まれたことが悪い」などと言うことも可能になってしまいます)、未だにその発言の差別性を認識していないと言えるでしょう。

 長谷川の出馬に対しては一部のリベラル派からは「出馬すること自体を止めることはできない」という反批判がありましたが、そのような批判の問題点についてはこちらをご参照ください。

yongsong.exblog.jp

yongsong.exblog.jp

yongsong.exblog.jp

 

 さて、計量分析家としては、長谷川豊という人物がどのような人物であり、どのような人物が政治家になろうとしているのかということを、計量分析を用いて明らかにしようと思います。言うまでもなく長谷川はブログで有名であり、先の騒動の発端になったのもブログです。そこで、長谷川のブログを分析することにより、長谷川という人物を解き明かしていきたいと思います。

 2017年3月2日に、長谷川のブログの、2014年4月~2016年11月の文章(2016年12月は記事がなかった)をテキストエディタにコピー&ペーストし、四半期ごとにその変化を見ていくこととしました。使用する分析手法は対応分析と、多次元尺度構成法によって抽出した単語の集計です。形態素解析にはフリーソフトMeCab」を用い、辞書は「自民党」「自由民主党」「民主党」「民進党」「維新の会」「維新の党」「大阪維新の会」「おおさか維新の会」(固有名詞組織)「橋下」(固有名詞名字)「ウヨク」「サヨク」(一般名詞)を登録しました。

 まず対応分析の結果を見てみましょう。使用した単語は占有率が20%以上となる、主柘植数59以上の自立語598語です。第1,2主成分と単語のプロットは次の通りになりました。

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 ただ、第1,2主成分までの寄与率の合計が30%程度と低いので、それ以外の主成分も見てみましょう。第5主成分までの変遷を示してみます。

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 まず第1主成分を見てみると、第1主成分は2016年9月の問題発言に関する主成分と見ていいと思います。この主成分が2016年第4期に向けて大きくなるのはまあ当然でしょう。ただ政治的発言に関して注目すべきは第2,3主成分だと思います。第2主成分と第3主成分の正方向は、それぞれ政治的な発言になっています。第2主成分の正方向は主に右派的な政治発言、第3主成分は主に橋下維新的な政治発言と言えます。

 そしてこの2つの主成分がプラスの方向に傾いているのは、2016年ではなくむしろ2015年でした。2015年においては、この2つの主成分がほぼ一貫してプラスの方向に傾いているのです。2016年は、どちらかというと芸能関係の発言が多く見られましたが、長谷川の思考が橋下維新的なものに接近するのは、2015年であったと言うことができるでしょう。

 続いて、多次元尺度構成法を用いて、上位149単語を分類し、その使用頻度を調べました。ただし「:」や「.」が入っていたのでこれを除き、使用したのは147単語です。それぞれの単語のプロットとカテゴリーは次の通りです。

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 各カテゴリーの意味は先の表の通りですが、それにしてもカテゴリー3に汚い言葉が目立ちます……。そしてこれらの単語が使用されている文の割合を調べたのが次の通りです。

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 2016年に近づくにつれて、カテゴリー3,4の単語増加傾向になっていることが分かります。カテゴリー3は社会的な主張、カテゴリー4はブログに関する単語ですが、2016年になるにつれて強い言葉を使った、そして自分のブログに関する言及が多くなることが分かります。そして社会問題に関する発言(カテゴリー6)は、2014年頃に多くなるものの、その後はどんどん減少傾向になっていくことが分かります。

 このことから、件の発言は、社会問題に関するネタは既に尽きていて、そのような「ネタ切れ」の状況において発せられたものと言うことができるでしょう。社会問題に関する発言は2014年には既にある程度終わり、2015年に橋下維新的なものに近接しつつもそれについても先細りになり、そのような状況で社会に対して何らかの発言をしようとしてああなったのかもしれません。

 以上より、長谷川豊という人物がどのような人物なのか、そしてどのようなことをブログで書いていたのかということを分析してみました。ここから言えるのは、長谷川は結局の所身の回りのことでしか政治や社会に関して考えることができない人物であり、ある意味では「タレント文化人」として共通の傾向を持っていることが言えるでしょう。長谷川にはそのような「直言(悪く言えば暴言)タレント文化人」から脱却して欲しいのですが、まあ今回の出馬から考えるとそのようなことを期待することは絶望的なのかもしれません。

 

・出現数59以上の単語一覧

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【秋コレ7サークルペーパー】大塚英志、東浩紀『リアルのゆくえ』分析

秋コレは初出展となります、後藤和智です。弊サークルは2007年の冬コミにおいて、当初は商業活動のプロモーション目的に設立されたサークルで、当初の活動ジャンルは評論の中でも若者論でした。そこから2008年から統計学の解説書を出すようになり、2011年には東方に進出して、さらに2013年からは評論分野にテキストマイニングを本格的に取り入れるようになり、現在はテキストマイニングを用いた評論本と、東方を中心とした学術解説書の刊行という2つの軸を持って活動しているサークルです。

今回「秋葉原」オンリーということで、当初はオタク関係の本をいくつか集めてテキストマイニングしようとしていたのですが、残念ながらタスクがいろいろとたまっていたこともあり今回の新刊の刊行は見送ることとしました。代わりと言ってはなんですが、本来であれば新刊の補論として収録予定だった、オタク関係の対談本の分析をペーパーとして配布することでご了承ください。

今回分析するのは、東浩紀大塚英志の2人の対談をいくつか収録した本である『リアルのゆくえ――おたく/オタクはどう生きるか』(講談社現代新書、2008年)です。この本では、2001年に『小説TRIPPER』(朝日新聞社。現在は朝日新聞出版)、2002年に『新現実』(角川書店)、2007年に『新現実』(太田出版)、そして2008年に本書のための取り下ろしで行われた対談をそれぞれ扱っております。今回は時系列での変化を中心に、この2人の対談の論点がどのように変化していったかを見ていくこととします(なお、本書にはまえがきとあとがきが存在し、まえがきは対談形式だが、あとがきは東による文章となっており、大塚の文章は大塚によって取り下げられたらしいです)。

とは言っても、本書の対談は、読む限りにおいては、サブタイトルの「おたく/オタクはどう生きるか」というものはあまり主題ではなくて、むしろ大塚が東の態度を問い詰めるというものになっています。その点では正しいサブタイトルは「東浩紀は論客としてどう生きるか」というのが正しいのかもしれません(とはいえ、先般のアメリカの大統領選やもう少し前の東京都知事選のように、いまの東は権力への欲望を隠さない、他人を見下すだけの存在になってしまったことを考えると、ここで大塚から言われていた警句がどれくらい活かされているのか疑問なのですが……。あと本書は東のみならず大塚も結構酷かったりして、OCR作業はかなり苦痛でした)。ただ議論の内容はいろいろと変わっているので、その点を見ていくことができればいいこととしましょう(なお、形態素分析にはMeCabを使い、辞書は「浩紀」「コゲどんぼ」(人名/名前)「おたく」「オタク」(一般名詞)「デ・ジ・キャラット」「エヴァンゲリオン」「エヴァ」(固有名詞)を単語として登録した。また「東 」「大塚 」を強制抽出単語として話者の設定に使い、分析の際には排除した。これにより占有率が20%となる、出現数14以上の自立語428単語を分析に用いている)。

まず、対応分析で、それぞれの章の論点と、その論点がどのように変化していったかを見ていきましょう。それぞれの章を文書として見なしたときの、文書ごとの対応分析の結果が表1及び図1となります。そして表2にそれぞれの主成分における単語の得点を掲載します。それぞれの主成分における単語を見てみると、第1主成分の正方向は『動物化するポストモダン』(講談社現代新書、2001年)に関する東の議論に関する内容、負方向は主に若年層の労働などに関する社会学であり、第2主成分は正の方向は世代論、負の方向はアニメやセキュリティといった「東浩紀の議論」に関する方向性ということになります。どちらの方向性にも東の議論が関わっており、このことから本書は東の議論に対する大塚による質問や問いかけと言うことができるでしょう。

表1

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図1

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この結果から、「はじめに」と「あとがき」を除いた本編だけを抽出したものが図2となります。これを見ると、2001年の議論では第1象限、2002年は第4象限、2007年は第3象限、2008年は第2象限という推移が見て取れます。第1主成分の推移で見ると、2001,2002年の議論は『動物化するポストモダン』における議論を巡って行われた対談で、2007,2008年は彼らが「ニート論壇」と呼ぶ、主に若い世代の労働に関して台頭した論客についての議論と呼ぶことができるでしょう。このあたりは分析しなくても分かるようなものです。他方で、一方第2主成分で見ると、2001,2008年の議論は世代論、若者論全体に関するものが主体で、2002,2007年は東の議論をめぐって行われたものと言うことができそうです。特に、2002年の議論は、東が『動物化するポストモダン』などで提起した若者の消費行動や社会の問題に対して大塚が東に質問しているというものと見なして良さそうです。つまり本書は、東の議論が軸になっていると言えるでしょう。

図2

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続いて、多次元尺度構成法を用いて単語を分類し、それぞれの単語が章や話者においてどれくらいの頻度で使われているかを見ていくことにしましょう。分析に用いたのは、出現数45以上の102の自立語です。5つのカテゴリーを設定するため、1カテゴリーあたりの平均の単語数が20個程度となるように設定しました。多次元尺度構成法による単語のプロットを図3、これによる単語の分類を表3に示します。カテゴリー1の単語は全体で使用頻度が多いので特に意味づけは行いませんが、それ以外の単語を見る限りでは、「国家・システム」(カテゴリー2)「批評」(カテゴリー3)「時代」(カテゴリー4)「『動物化するポストモダン』」(カテゴリー5)というように分けることができそうです。章、話者、話者×章の使用頻度を表4に示します。

表3

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図3

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表4

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章ごとの使用頻度の推移を見てみましょう。章ごとの、文単位での使用頻度をバブルプロットで示したのが図4です。2001年の段階ではカテゴリー1の単語の割合が多かったのですがどんどん減っていって、代わりにカテゴリー2,3,4の単語の割合が増えていくことが見て取れます。このことから、2001年の対談は『動物化するポストモダン』、及びそこで提起された問題を中心に語っていたもので、それが章を下って行くにつれてどんどん後景に移っていくという推移が見て取れます。この点においては、本書は『動物化するポストモダン』を読んでいなくても、同書で提起されたものがどういうもので、その議論がどのように推移していくかというのが分かるという構成になっています。

図4

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それでは話者での違いは現れているのでしょうか。話者(東はあとがきを含む)ごとの使用率を見たのが図5になります。これを見ると、カテゴリー5は両者ほぼ等しいですが、カテゴリー2,3,4という、社会や時代に関する単語については大塚の使用頻度が高いことが示されております。また、大塚はカテゴリー2,3,4の使用頻度が増えていくのに対して、東はそれほど変わっていません。このことから、大塚は東の議論について現実の社会問題を絡めて論じているのに対して、東は大塚からの疑問に対して自分の議論を説明することに終始しているという印象を受けます。

図5

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ただ、これは分析に現れていないところなのですが、一読した限りにおいては、大塚も東も、現代の若者論(特に、かつて私が『おまえが若者を語るな!』(角川Oneテーマ21)で論じたとおり、東の『動物化するポストモダン』はただの世代論に過ぎないと見なしていいと思います)によって作られた社会や若者の認識を疑わずそのまま受け入れていること、さらに2007年以降の議論については、労働や教育に関する(「批評」ではない)社会学の知識が明らかに欠落しているという問題点があります。2008年の議論では、彼らが「ニート論壇」と呼ぶものは東の作った下地に下の世代の論客が入ってきたものであると大塚が発言しているところがありますが、下地を作ったのはむしろ本田由紀などの教育社会学や労働に関する社会学と言った方が正しいでしょう。彼らは自分たちがいつまでも議論の中心にいるという幻想から抜け出せていないように思えます。そして、大塚は分かりませんが、少なくとも東は、自分こそが社会を全体的に見ることができるという幻想、というよりは妄想に未だにしがみついている様子です……(『中央公論』2017年1月号の論壇特集など)。

なお、『動物化するポストモダン』の間違いについては、山川賢一が既に論じているので、こちらもご参照ください。
「山川賢一の『動ポモのどこがクソなのか大会』」https://togetter.com/li/533391

付録

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【ツイート転載】結局同じ穴の狢じゃないですか(2017.02.26)

左派批判のためにニセ科学批判の知見を借用している人たちの身勝手なところは、原発事故の自主避難者の扱いが表面上では一貫していないこと。あるときは左派にいいように使われている犠牲者として描き、またあるときは左派と結託してニセ科学を広める存在として描く。

しかし一貫しているのは、彼らは自主避難者と左派こそが復興を妨げている張本人であると主張し、避難しなかった人対現地の住民という偽の対立を作っていること。これは左派が「原子力村」や東京電力が復興を妨げている張本人であると主張するのと非常によく似ている。

そしてどちらにも共通しているのは、東日本大震災の被害が、広義の「フクシマ」(こういう表現は決して使いたくないのだが敢えてこう言う)のみであるという認識。実際には震災は様々なところで被害をもたらしたし、まだ終わったわけではないのに。仙台ではようやく仮設住宅が撤去されるが、他の土地にはまだたくさんある。常磐線だって前線復旧はまだまだ先の話。

そのような様々な被害を無視して、放射能関係ばかり強調するのは、結局ニセ科学批判者に乗っただけの左派批判者は、ニセ科学の伝道者と同様被災地を見ていないのだなと、義務教育の一時期を福島県で過ごし、また震災直後に千葉と宮城の被災地をまわり、福島の同人誌即売会に不定期的に出展している私としては思わざるを得ない。

【ツイート転載】「批評」の読者はどこへ行ったのか?(2017.02.24)

それにしても、2007,8年頃に、私の「宮台真司東浩紀には根拠がない」という批判に対し、「宮台や東の理論は社会を広く見ている」と的外れな批判を加えた、社会学系の「批評」の読者はどこに行ったのか。

ここ5年くらいで、社会学と「批評」の関係ってずいぶん変わった。かつては社会学の院生、学部生が「批評」の主要な読者だったり、東浩紀の周りに社会学者が集まっていたりしたけど、いまは読者は増えて折らず、東界隈にも学者はほとんど集まっていないようだ。

仮にかつて「批評」の読者だった院生が教員やポスドクになって、現実の問題に向き合うようになり、それで「批評」が役に立たないものだと知ったのだとしたら、それは私にとっては(かつて支持していたことの落とし前はどうつけるのかという問題はあるにせよ)歓迎すべきことではある。

「批評」界隈は「批評の未来」なるものを云々しているけど、現在の「批評」の現状があるのは、彼らが「批評」の特殊性にあぐらをかいて科学であることを拒絶し続けてきた結果であって、衰退は必然である。まして、「批評」がもう10年以上前から自分は特殊だと思いたい連中が他人を見下すためのツールと化している現状を直視しようとしない人たちに、果たして「批評の再生」なるものができるのだろうか。

「批評」がいまや限界集落であることは認識していても、それはひょっとして「大衆が莫迦だから」とか考えていないか?だとしたら「批評」はいつまで経っても限界集落だし、それは社会評論全体に悪影響しか及ぼさないのでやめてほしい。